「うつ病九段 プロ棋士が将棋を失くした一年間」感想




・先崎さんの文章は3月のライオンのコラムで読んでいて、その時も楽しく読ませてもらっていた。

なんなら、ピクシブのアプリで同作の漫画を読んでいた。

漫画と同じ展開なので、飽きてしまうかと思ったけど、そんなことはなかった。
ただ、漫画も本も同じような淡々さがあった。

本の語り口と同じ印象を受けたので、あの漫画はきっといいコミカライズなんだろうと思う。

・感想は鬱の人をみて何なのって感じだけど面白かった。
読みやすくてスルスルと読めた。

本当に「淡々と」していて、コラムを読んでいた時には感じなかったので、病気のせいかなと思う。
(ご本人も作中で言っていたような…勘違いだったらすみません)

・しかし、その淡々とした文章に熱が、怒りがこもる瞬間がいくつかあった。
冷や汗もあったかもしれない。

本の背表紙裏には「本書はその発症から回復までの日々を本人が自ら大胆に綴った手記である」とある。
「大胆に」という表現がとてもしっくりくる。

どこがどうとはいえないのだけど、私が読んできた鬱のエッセイは、ご本人が気が弱いことが多かったのかもしれない。
今までの著者の本当のところはわからないが、将棋の世界で活躍されてきた先崎さんは間違いなく、気が強く、世代も古い。
古いということは、荒いということだ。
本の中でも学校自体のいじめ経験などから察せられる。

今までの人生や、そこで培われた性格が、「大胆な」手記にしているのかもしれない。

・先崎さんがめっちゃすごい人であるということを再認識した。

「大胆」と書いたけど、それもそのはずで、先崎さんはすごい人である。
17歳でプロになり、羽生さんと同期で、羽生さんに勝ったこともある。
将棋に詳しくない私は、こういう風にしかすごさを伝えられないけど、本当はもっとめちゃくちゃすごい人なのだ。

・「軽うつ状態」という言葉を初めて知った。
そして、先崎さんのは「軽うつ状態」ではなく、脳の病気、「本物の鬱」だという。

確かに、読んでいても私の知るうつエッセイとは違う。
先崎さんは確かにストレスのある環境とはいえ、あまりに前兆が薄いのだ。

私の叔父も先日鬱になったのだが、高いところから落ちたのも一因のようで、脳の病気というのが正しいのだと思う。

・「鬱になって初めて弱者の気持ちがわかった」と言っていて、それはそれで驚いた。
感情が高ぶると家の中で叫ぶ、というのも。

自分でいうのもなんだけど、私は弱者の気持ちが想像できる。
弱者だったからかもしれないし、女性だからかもしれないし、勝負の世界で生きる人は、そんな繊細さを持っていては生きていけないのかもしれない。

・でも、私がこの本で感じたのは、「戦う人生を生きる人はカッコいいな」ということだった。
私は幸い病気もないし、今後病気になるかもしれないし、もう少し戦いたいと思った。

この本は劇的な変化も、わかりやすい復活劇もないし、逆に殊更に人間味をアピールするでもない。
でも、だからこそちょうどいい塩梅に、先崎さんという人と、うつという病を知れたような気がする。










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