ザ・ノンフィクション「母さんがガンになって 僕が考えたこと」感想




ザ・ノンフィクションを観ました

母子家庭、三人兄弟でお母さんがガン
という状況なのに
三人ともフリーターで危機感がなく
ツイッターでも散々叩かれていた

長男は映画監督志望で
でも映像向いてないんだよな〜
就職すべきかな〜
と言っていて

「はよやれや!!!!」
と思ってしまった

多分、昔の私のようで(今もかも)
色々言いたくなってしまったのだと思う

後日談がありました

ガン再々発の古村比呂に息子が“画面越し”の謝罪…密着後の変化とは

見えている選択肢が異様に少ない

自分ごとだと、わからないけれど
はたから見ていたら、全然わかる

・映像系に就職して映像に携わってる、
と自分を納得させる
・貧乏暮らしで自主制作

進路がきっと、二択に
なっちゃってるんだろうなと思う

「この道だ!!」
と見える時まで
動けないんだろうなとも

自分の進路を決定づける、運命の日は来ない

自分の行くべき道筋が
くっきり見えることなんて
ほとんどの人がない

だから
「これだ!」「運命だ!」
と決めつけて動くしかない

そんで、下積みの日々の意味づけは
自分でやるべき

他の人から見てどうとか関係ない
もう、酔うしかない、酔ったもの勝ち

こんなんじゃあいつにバカにされるんじゃないか
とか考えてしまうけど
「あいつ」はそんなに自分のこと見てないし
そんなことより
自分の人生を進めることを考えないといけない

最近思うことは

頑張っている人は少ない
個人の能力に差はない
覚悟を決めたもの勝ち

ということで

今、一番自分に近いことで
できるだけ遠くのゴールを定め
むちゃくちゃ努力する

というのが
成功法則だと思う

その道が成功しなくても
むちゃくちゃ努力したら応用がきくし

情けない自分に会うことを恐れるな

多分やってみて怖いことって
自分の時間がなくてストレスで鬱になる
ということじゃなくて
失敗して怒られてるとこを誰かに見られたりとか
情けなくなることなんじゃないか と思う

私はプライドが高かったんだなと思うけど
多分ウダウダ悩む人って
同じところで引っかかっていると思うので

でもみんな情けないし
仕事って正味、誰かに代わって恥をかくこと
失敗するリスクを抱えることなのではないか
という気がする

具体的に進路を勝手に勧めるなら

映像をやりたいけど向いていない
どうしていいかわからない長男

映像の会社に入るか
自主制作をするか、どちらかが
私はおすすめ

映画監督でなくても
映像会社に勤めていれば

業界のことや、知識はつくし
その会社が小さくとも、
他社の人とも話せるし、
転職もできる

今の飲食のバイトのままでは
進路変更の先もわからないし
ずっと見えないままだ

やりたいことがなく
大学に行かず家でゲーム三昧の三男

大学行った方がよかったな
と思った

やりたいことが見つからない人ほど
大学は行くべきだと思う

自主性がない人ほど
大多数が選ぶ道を行った方がいいし

何より、友だちが出来ない

やりたいことがあるなら、
趣味の先や、バイトの先で出会いや
コミュニティがあるから
変わるきっかけや
自身の立場を認識するきっかけがあるけど
なかったら、家に籠るだけだ

趣味もないし、友だちもいないのだから

やりたいことがあれば
まだ、大学を行かなかった格好もついて
高校時代からの友だちとも会えるけど
そうでなければ、なかなか会いづらいのではないだろうか

そしてどんどん孤立してしまう

だから、三男くんは、今は
もう長くないお母さんのために生きればいいと思う

働いて、お金を入れて、世話をする
それでいいと思う

このご家族の関係性がわからないけど
お母さんが亡くなってから後悔するのを
避けるために

答えはないから、走りながら考える

ほぼ感想でとっちらかってしまったけど

最後に言いたいことは
人生はいつまでも確定しない
ということだと思う

就職しても、覚悟を決めても
ブログを開設しても
すごい誰かと話しても
親しい誰かに自分を打ち明けても
革命も確変も起こらない

だから安心して
色んな道を行って
途中で進路変更すればいい

就職でブラック企業を引いても
制作がうまくいかなくても
そこで人生終わりではなく

むしろこれから長くなるばかりだから
未来の自分のためにも
今がんばるべきだ










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