アンチが嫌いという話




対象が誰であれ、「アンチの人」が嫌いです

でも、その人の言ってることが気になるのは
私に「誰かを責めるのを喜ぶ」心があるからだ

アカウントやブログを作ってまで
誰かを叩く「アンチの人」は
それが楽しすぎる性に生まれてしまったんだなと思う

そんなことする暇あるなら
マンガを読むなり
周囲の人を大事にするなりした方が
有意義じゃない?と思うけど
多分、それが一番楽しいんだ

「野球好き」とか「本好き」とかそれと同じ

自分の嗜好が法で禁じられ
人に嫌われてしまうという意味で
ロリコンに近いかもしれない

ただ、アンチの論理が弱いと思うのは
人や会社やサービスって
多面性があるということ

「あの企業は真っ黒だ」とか
だったら回ってないだろう
すべてが正しくはないけど
誰かを幸せにしてる面もあるんだろう
とも思う

そもそも、正義なんてないのだ
どこからどう見ても「正しい」ものはない

特に事業をする時に一度も失敗しない
というのは、無理なんじゃないだろうか

100%誰にも迷惑をかけずに
生きてきた人っているの?

アンチは今までの人生で
ひとつも間違ったことをしていないんだろうか

何かを達成したときに
「こいつはネットで誹謗中傷していた」
と言われても、胸を張っていられるのだろうか

アンチは人に何を与えるのか

アンチは、アンチの対象よりも
人に与えるものが多いのだろうか

アンチの対象が悪いかどうかは知らないし
悪だ、善だ、と言い切れるものは、そうない

(犯罪やひどいパワハラはどうかと思うけど
大体真偽がわからないし知りたくもない)

アンチが与えるものは
エンタメだ

人の弑虐心をスッキリさせる
それだけの薄い、エンタメだと思う










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